大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和43年(行コ)3号 判決 1969年11月28日

名古屋市中区八百屋町二丁目六番地

みかどビル一階

控訴人

株式会社 新興社

右代表者清算人

恵美龍雄

右訴訟代理人弁護士

加藤謹治

右訴訟復代理人弁護士

小久保義昭

名古屋市中区南外堀町六丁目一番地

被控訴人

名古屋中税務署長

渡辺衛

名古屋市中区南外堀町六丁目一番地

被控訴人

名古屋国税局長

大田満男

右両名指定代理人

島村芳見

越知崇好

塚原和男

植田栄一

竹内雄也

右当事者間の法人税更正決定および審査請求棄却決定取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「(一)原判決を取り消す。(二)被控訴人名古屋中税務署長の控訴人に対する昭和二八年四月一日から同年九月三〇日までの事業年度の課税所得金額を金四一四万一、一〇〇円とし、その法人税額を金一七三万九、二六〇円、加算税額を金一三万〇、七五〇円とする昭和三〇年二月二八日付更正決定、および、昭和二九年四月一日から同年九月三〇日までの事業年度の課税所得金額を金一一三万五、一〇〇円とし、その法人税額を金四七万二、四五〇円、加算税額を金二万三、五〇〇円とする昭和三二年三月三〇日付更正決定は、いずれも取り消す。(三)被控訴人名古屋国税局長の控訴人に対する昭和三三年四月一二日付の昭和二八年四月一日から同年九月三〇日までの事業年度分、および昭和二九年四月一日から同年九月三〇日までの事業年度分の各法人税審査請求棄却決定は、いずれも取り消す。(四)被控訴人名古屋中税務署長の控訴人に対する、昭和二九年一〇月一日から同三〇年三月三一日までの事業年度の課税所得金額を金二六四万四、八〇〇円とし、その法人税額を金一一一万〇、八一〇円、加算税額を金五万五、五〇〇円とする昭和三三年三月三一日付更正決定、および被控訴人名古屋国税局長の該年度に対する課税所得金額を金二六二万三、三〇〇円とし、その法人税額を金一一〇万一、七八〇円、加算税額を金五万五、〇五〇円とする昭和三三年九月一一日付審査決定を取り消す。(五)被控訴人名古屋国税局長の控訴人に対する昭和三三年九月一一日付の昭和二九年一〇月一日から同三〇年三月三一日までの事業年度分の法人税審査請求棄却決定を取り消す。(六)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

第一、富山昇、加藤清文、下村三郎の各名義による取引が控訴人の自己玉であるか否かについて

一、本件における争点は右三名の清算取引における建玉が控訴人の自己玉か或いは訴外恵美竜雄個人の玉であるかという点である。

二、右に就き、控訴人は原審において一貫して控訴人の自己玉であることを主張し、これに対して被控訴人は恵美竜雄個人の玉である旨の主張をなした。

三、原審判決においては、その判示のように右三名の取引が控訴人の自己売買ではなく第三者による清算取引であることを認定した上で、右の第三者というのは控訴人代表者である恵美竜雄のことを指称し、本件清算取引は恵美竜雄個人の玉である旨の認定をしている。

四、然しながら、原審の右の認定は誤りである。

以下この理由につき述べる。

(1) 原審は右認定に到達した理由として項目を分け説示しているがそれらのすべては被控訴人のなした主張事実をそのまま認容したものである。控訴人代表者は多年商品清算取引の実情について精通している。

(2) 原判決において控訴人の自己玉ではないと認定した理由の一つとして当時控訴人は監督官庁から自己玉売買を禁止するよう行政指導を受けていた事実を摘示している。

右のような行政指導が為されていたことは事実であり、これは控訴人において自ら認めているところである。

即ち、控訴人は昭和二七年三月から綿糸、スフ糸の清算取引を開始したのであるが、間もなく当時の監督官であつた丹羽氏から右のような注意を受けた。

然し、右のような行政指導があつたにも拘らず、商品仲買人としては、場合により自己取引を為すことは必要止むを得ない取引上の自衛手段である。これは次のような事情によるものである。

(3) 商品仲買人は顧客から規定の委託証拠金を預つて売買させることをその本質とするものであるが、実情は必ずしもそうではなく、規定の委託証拠金を支払わず、規定よりも少額の証拠金を預つて売買させることがあるし、或いは対人信用のみで全然証拠金なしで売買させることも少なくないのである。

而して、右のような場合であつても、商品仲買人としては、顧客に代つて取引所に対して規定の証拠金は支払わなければならないし、その上売買の都度取引所に対して補助会費、取引税、約定現落差金等の諸経費を支払わなければならないのである。

従つて、例えば一方的に片寄つた玉ばかりを持つ商品仲買人―即ち買玉ばかりの仲買人、売玉ばかりの仲買人―にとつては、顧客に代つて取引所へ納入する金額の大なることは勿論であるが、その上相場の激変に応じて取引所へ納入する帖入仕切差金も増大するので、かような場合、商品仲買人は屡々苦境に追込まれ、これが原因で倒産する場合が少なくないのである。

右の帖入仕切差金についてみれば、仮に商品仲買人に毛糸の買玉がある場合、例えば一キロ当り五〇円暴落したとすれば、五〇〇枚買建をしている場合では帖入仕切差金は一枚につき五、〇〇〇円の割合であるから、計二五〇万円を暴落した日の翌々日の午前中迄に商品取引所へ納人しなければならないのである。而して、右の場合は、商品仲買人は顧客に対し追証拠金を請求することによつてその損失を補填することが出来るのであるが、通常かような場合、顧客としては追証拠金の請求前にいち早く逃げてしまうのが実情である。

このように、顧客の建玉によつて商品仲買人は巨額の立替金を余儀なくされ、これにより多額の損失を蒙る場合が少なくないのである。そこで、商品仲買人は自衛手段乃至保険作用として所得「向い玉」を建てるのである。

即ち、顧客が売れば商品仲買人が買建てし、逆に顧客が買えば商品仲買人が売建をして、取引所にさらす建玉を顧客の委託玉数より少なくしておけば商品仲買人が取引所へ納入する証拠金も少額で済むし、又仮令相場が暴落しても、建玉に対する前述の帖入仕切差金の納付額も比較的少なくて済むことになる。

ただ、補助会費と取引税については、反対売買をなすため余分に一枚ずつ取引所へ納入しなければならないので経費は若干掛るけれども、その場合でも顧客の売買玉をそのまま取引所にさらしておくよりも著しく危険を回避することが出来るのである。

(4) 如上の理由により、商品仲買人は屡々自己玉を建てて自己取引をすることを余儀なくされるのであつて、判示のような監督官庁の通達の趣旨は一面において理解することが出来るのであるが、若し右の通達の趣旨に忠実に従うならば、右にみたように自滅する危険が伏在する。

そこで控訴人は思案の上、反対売買の建玉として架空名義の玉を作つたのである。即ち、綿糸、スフ売買につき買玉に対しては「富山昇」を売玉に対しては「加藤清文」の各建玉を作り、毛糸の清算売買については「下村三郎」の各々架空名義の建玉を用いた。従つて、右の三人の建玉はいずれも控訴人の自己玉であつて、原審認定の如き第三者の委託取引ではなく、況んや訴外恵美竜雄個人の取引ではない。

(5) 右の事情について当時控訴会社に勤務していた社員水野智子は昭和四二年一月一一日第一一回口頭弁論において次のように証言している。

「商品仲買人は絶対に自己玉を張つてはいけないということはきびしくいわれていた記憶があります。

そのためいろいろ会社として自己玉を建てなければならない場合にも通産局の体裁をつくろうためだと思いますが、お客さまの玉のような体裁をつくつていたということは記憶がございます。」

(6) ところが、昭和二九年一二月頃、被控訴人方甚目事務官から指示があり、これによると右のような架空名義はこれを使用する必要はなく、取引の実情に鑑み、自己玉を売買しても決して不当ではないということであつたので、昭和二九年一二月一〇日以降の新規商品売買についてはすべて控訴人名義による自己取引を行つて来たのである。

従つて、昭和二九年一二月一〇日以前の取引においては前叙の如く架空人名義による自己取引を行つて来たのであるが、これを目して第三者による清算、取引、就中恵美竜雄個人の取引であると認定した原審には重大なる事実の誤認採証の誤があると言わざるを得ない。

(7) 被控訴人の主張を認容した原判決は、取引の実情を深く洞察しないことに起因する。

(イ) 即ち、原審における判示によると、第一、第二係争期における控訴人の決算書には控訴人の自己売買損益の表示がないことを指摘しているが、前叙のように架空名義の自己取引であつたが、その記帳を為すに際しては、形式的には富山、加藤名義で処理さるべきであつたから、自己売買損益の表示は為されなかつたのである。

(ロ) 又、原判決によると第二係争期の貸借対照表負債の部に計上された委託者証拠金中には加藤二〇万円、富山二五、〇〇〇円、下村一〇万円のそれぞれ上記金額の証拠金が計上されている事実を指摘して控訴人の自己玉ではないことの根拠としている。

併し、既述のように控訴人は被控訴人に依る行政指導に基づき自己玉の売買は禁止されていると信じていたので、右富山、加藤名義で自己取引をなし、右名義が自己玉ではないことを仮装して形式的に体裁を整えるため右の証拠金を計上していたのである。

(ハ) 更に原判決の判示によれば真実控訴人の自己取引ならば「立替金」勘定は発生しない筈であるとか、「加藤清文未収入金」、「富山昇預り金」勘定についても現金による入出金は発生しない筈であるとし、更に、他人名義の債権債務を決裁するに際して別の他人名義をこれに流用して決裁することは通常考えられない旨判示しているが、これは控訴人が重ねて主張し来つた前述取引事情につき何等考慮が払われていないことを物語るものであり、且つ当時の自己玉取引の実情についての無理解を暴露するものに外ならない。

(8) 更に進んで原判決は控訴会社が訴外恵美竜雄の主宰する同族会社であるという認定の下に、弁論の全趣旨を援用して前記三名名義の取引は訴外恵美竜雄個人の取引である旨判示している。

成程、控訴会社が同族会社である事実については控訴人もこれを認めるけれども、しかし仮令判示のような同族会社であるとしても、そのことから直ちに前記三名の建玉が恵美竜雄個人の建玉であると認定することは出来ないのであつて、かような認定は飽く迄推論の域を出ない。前叔のように、原判決は右認定の理由として弁論の全趣旨を持ち出しているが、右認定は実は弁論の「全趣旨」に依るのではなく被控訴人の一方的な主張を全部認容している。

偶々、本件においては控訴会社が同族会社であることからその自己取引を為すに際し、前叙事情により架空の建玉を作つたことが訴外恵美竜雄個人の自己玉であるとの誤解を招いたものであるが、然らば控訴人が仮に同族会社でなかつたならば、前記三名の建玉は実在する第三者による建玉であると認定することになるのであろうか。併しこの場合やはり右三名は実在していないとの帰結に達すべきが正当であるから、当時の取引事情に着目した場合控訴人の自己取引であると認定せざるを得ないであろう。

そうだとすれば、仮令同族会社であつたとしても、右の場合と事情は同じであるから、やはり会社の自己取引であるとの認定に達すべきが事理の真相に叶つた観方である。

燃るに判示のように訴外恵美竜雄個人の自己取引であると認定を反対の方向へ持つて行くのは実態に就いて正鵠を得た観方ではないと言わざるを得ない。

第二、本件各期の委託手数料の未収入金洩れについて

一、原判決認定の事実によると第一係争期においては三四三万五、六九五円、第二係争期においては二八万九、八九八円、第三係争期においては四五五万〇、〇六四円の商品仲買取扱手数料が未収となつており、これら各手数料債権は右各期の法人所得に加算すべきであるから、これに基づき被控訴人のなした第一、第二係争期の更正決定並びにこれを維持した第一、第二係争期の審査決定、更に金額に誤りのあつた第三係争期の更正決定を一部取消し右金額を加算した第三係争期の審査決定はいずれも相当であるとしている。

二、原判決が右のような認定をなした根拠は、損益の帰属年度の決定について被控訴人の主張する所謂発生主義(権利確定主義)を是認したからに外ならない。

而して、原判決は税法上右の発生主義を採るべき所以に就き種々判示しているが、控訴人としても、一般原則として右の発生主義を採るべきことについては異論はない。

しかしながら控訴人が特に一般顧客未収取扱手数料につき現実収入主義(実現主義)を採つた理由は、商品仲買人業務の実態に鑑み、右の一般原則たる発生主義を採用すれば次の如き不合理が存在するからである。

三、即ち、商品仲買業務においては、委託者が仲買人の指定する日時までに委託証拠金や相互保証金を差入れないときは仲買人は受託玉の全部又は一部を処分することができるから仲買人と顧客との取引において未収手数料については現金決済が行われたときでなければこれを把握することはできない。

又商品仲買人は顧客に代えて商品取引所に対し顧客の建玉に対する約定現落差金を支払つてその日の帖入価格で売買した者と約定するばかりでなく、補助会費や取引税も取引所に納付しなければならない。

ところが顧客が清算取引の決済後差損金を支払わない場合は顧客の未収取扱手数料について発生主義を採るとき右の未収取扱手数料についてもこれを利益とみるから当然課税の対象となる。

しかしながら、商品仲買業務において右のような発生主義に基づく課税をなすならば、これは商品仲買人に対して過重の負担を強いるものであつて到底健全なる経営を維持することは出来ない。

これを要するに、商品仲買人と顧客との売買取引の決済時は顧客が商品仲買人に対し現金を以つて売買差損益を決済した時とすべきが至当であつて、商品仲買業務においては到底被控訴人主張の如き発生主義を採ることが出来ないのである。

然るに、原判決は、前叙のような商品仲買業務の実態については何らの理解をも示さず、専ら税法上の一般原則たる発生主義を固執して控訴人の主張を排斥しているが、右の如き理由により原判決の認定は誤りであると言わなければならない。

第三、第二第三係争期の売買損否認について

一、既に述べたように富山昇、加藤清文、下村三郎各名義の建玉はすべて控訴人の自己玉であるから会社の損金として計上したのである。

二、然るに原判決認定の事実によれば右三名名義の建玉が控訴人の自己玉ではなく第三者の委託取引であり、控訴会社の代表者恵美竜雄の個人取引に外ならないとし、控訴会社は同族会社であるから会社代表者の恣意性が多分に窺われるところ、代表者の個人取引による損失としないで、控訴会社の損失として計上した場合においては法人税の負担を不当に減少させる結果となる旨の判示をしている。

三、然し、右の認定は誤りである。即ち、当期において多額の売買損が発生したのは何ら代表者の恣意によるものではなく、原毛をオーストラリアから買入れ、これが運送の途上予期せぬ原毛の価格の暴落により七、八百万円の値下り損が発生した。従つて右売買損は控訴会社の代表者の意思とは全く無関係な外部的な不測の事情により発生したものである。

第四、第一係争期の預り金否認について

一、原判決によれば、控訴人は昭和二八年四月一四日頃、控訴人所有にかかる東洋紡績株式会社の株式四、〇〇〇株を一株当り二〇二円、計八〇八、〇〇〇円で売却したから控訴人の益金としてこれを計上すべきであるとし、更に控訴人は昭和三二年三月三〇日までの間、右株式を所有していた事実はなかつたのであるから、控訴人の主張する訴外恵美竜雄の預り金については架空計上であるとしてこれを否認している。

二、しかし、右の認定は誤りである。即ち、若し昭和二八年五月一四日に控訴人が右株式を売却処分していたならば当然控訴人の帳簿に右の事実の記載が為されている筈である。然るに右株式を控訴人が右の日に売却処分した旨の記載は何処にもない。却つて控訴人の第二五期(自昭和三一年一〇月一日至同三二年三月三一日)補助簿中有価証券勘定によれば、控訴人所有にかかる東洋紡績株式四、〇〇〇株は昭和三二年三月三〇日に金五五三、二八六円で他に売却された旨の記帳が為されており、且つ右補助簿預り金勘定中訴外恵美竜雄からの預り金三、〇九二、一四四円のうち入金として五五三、二八六円が返済された旨の記載が為されている。

三、右事実によつて明らかなように訴外恵美竜雄が控訴人から交付を受けた右株式を売却処分した控訴人の預り金中右売却代金の返済を受け控訴人の負債が消滅したのは昭和三二年三月三〇日であつたから、本件係争事業年度中の事実ではない。従つて原判決の前叙認定事実は誤認である。

第五、第二係争期の手数料戻否認について

一、加藤清文、富山昇名義の建玉が控訴人の自己玉であることは既述の通りであるが、原判決は右両名の建玉を訴外恵美竜雄個人の玉とみているから当然判示の如き認定が為されたのである。然し、右認定は誤りである。

二、即ち、再説すれば右加藤、富山名義の建玉は控訴人の自己玉であるから本来手数料はこれを徴集する必要はない。しかし既述のような監督官庁の行政指導に基づき、自己玉ではあつても帳簿上右両名の建玉として売買している以上、取扱手数料はこれを計上しないわけにはいかない。そこで控訴人が商品仲買人として商品取引所へ売買する毎に納入する経費(補助会費、取引税、仲買人協会費等)として一般顧客から徴集する取扱手数料を計上していたが、取引所へ納入する諸経費が引下げられたため、これに伴つてその取扱手数料を二〇%に引下げ、右加藤、富山名義の取扱手数料として計上したのである。従つて、原判決の判示するように若し右加藤、富山両名名義の取扱手数料を抵率にして戻手数料を多額にしたことが商慣習を無視したものであるとすれば、右の事実こそ寧ろ右加藤、富山名義の売買玉が控訴人の自己玉であることの証左となるものである。即ち控訴人の自己玉であればこそ形式上の措置として最少限度の実費を取扱手数料の名の下に徴収していたのである。

第六、第三係争期の紡績部利益金計上洩れについて

一、原判決の判示によると、控訴人と訴外新興繊維工業株式会社との間の設備一切についての賃貸借につきその賃借料の額が確定していなくても他の確定した取引金額について発生した所得又は損失があれば、これは当該営業年度においてのみ算定されるものであつて、次年度に繰越すが如きことは法人税法上認められないとする。

二、然しながら、右の判示は税法上の原則的立場を固執し、例外的な場合につき何等顧慮するところがない硬直な立論である本件の場合は将にその例外的な場合に該当する。成程本事業年度中控訴人はその毛糸紡績部において利益金七五、二二一円を挙げ得たけれども、事業年度は昭和三〇年一月乃至三月末日までの三ケ月間に過ぎなかつたのであり、而も原判決も認めているように新興繊維工業株式会社との間においては工場設備等の賃借料の額が確定していなかつたし、仮に確定していたとしても、右利益金から賃借料を控除すれば控訴人は当然損失金として計上せざるを得なくなる。しかし、右損失金の存在については、賃借料未定のためただ推定の域を脱せず、而も本事業年度は僅々三ケ月の短期間に過ぎなかつたという事実に鑑み、控訴人は例外的措置として毛糸紡績部の計理についてはすべて次期の事業年度に繰越すことにしたのである。因みに控訴人は次年度において確定された賃借料を右会社に支払つたので毛糸紡績部の利益は全くなかつたのである。

要するに、控訴人の右の措置は飽く迄過渡的乃至例外的処理というべきであり、その賃借期間、利益金額、賃借料未確定の事実等に鑑み、控訴人の採つた右措置は税法上も許容さるべきであると信ずる。

第七、第三係争期の売買益計上洩れについて

一、第三係争期において発生した売買益一、三七五、九八〇円はこれを益金に算入しなかつたことについて控訴人もこれを認める。又税法上の原則として所謂期間的損益配分の原則が行われていることも認める。もとより法人の各事業年度の所得は一事業年度ごとの期間損益であることについては異論はない。

二、然しながら、右原則は飽く迄原則であつて絶対的なものではない。即ち企業経営の途上において危機が訪れ倒産の危険が目睫に迫つている場合、これを乗り切るためには時に弥縫策を講ずることを余儀なくされることがある。

即ち、本事業年度において控訴人の為した措置は控訴人の企業の存続を図る上において誠に止むを得ない措置であつた。

三、商品清算取引業界において、昭和二九年一月から同年六月にかけて毛糸商品相場は暴落に暴落を続けたのであつて、倒産するもの多く、控訴人もこの余波を受け、本事業年度において七四八万円余の売買損を出した。

このような経済的危機に遭遇して控訴人は、計理上極めて異例な措置を講ぜざるを得なくなつた。即ち本事業年度において発生した売買損から売買益を差引いた金額を出来る限り少なく決算書に計上することを余儀なくされたのである。

よつて、本事業年度においては売買益はこれを計上せず、その代り次の事業年度である第二二期決算書において前事業年度の売買益計上洩一、三七五、九八〇円を計上したのである。

第八、以上の如く、原判決認定にかかる事実はそのすべてが控訴人の従前の主張に反する。

即ち、右認定事実は商品取引業界の実情について適合せず取引の実際とは懸け離れたものとなつており、控訴人としてはこれにたやすく承服することができない。

(証拠関係)

控訴代理人は、新たに甲第八ないし第一三号証を提出し、当審証人長尾聡十司の証言および当審における控訴会社代表者尋問の結果を援用し、被控訴代理人は、甲第八ないし第一〇号証、第一三号証の成立は認めるが甲第一一、第一二号証の成立は不知と述べた。

理由

一、当裁判所の審理によるも、控訴人の本訴請求は全部失当としてこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、次に付加するほか原判決説示のとおりであるから、その理由記載を引用する。

但し、原判決理由第二の二中、(審査決定の調査額一四二万八、二四二円)とあるを、(審査決定の調査額一四二万八、二四八円)と訂正する。

二、そこで控訴人の当審における主張について以下順次判断する。

(一)  富山昇、加藤清文、下村三郎の各名義による取引が控訴人の自己玉であるか否かについて

控訴人は商品仲買人として自己売買をなすことの必要性についてるる詳述し、右架空名義による取引が控訴人の自己売買であつた旨主張するので、まずこの点につき検討する。商品取引所法では、商品仲買人の自己売買を禁止する規定はなく、ただ過当な取引が制限されているに過ぎず(同法第九〇条)、むしろ偽つて自己の名を用いないで売買取引をすることが禁止されていることは同法第八八条第二号の規定に徴して明らかである。従つて、控訴人が本件係争当時、監督官庁である名古屋通産局係官より自己売買を禁止するよう行政指導を受けていたからといつて、それは、商品仲買人がとかく自己玉を建て易いので、自己売買をすることにより会社の資産内容を悪化し顧客に損害を与えないようにとの行政上の配慮に出たものであり、従つて自己売買を絶対禁止する趣旨に出たものでないことは原審証人丹羽伝之助の証言より窺い知ることができる。従つて、控訴人主張のごとく右架空人名義の取引が控訴人自身の売買取引であるならば、係争期において売買損益が必らず発生し、損益計算がなされるべきであるのにかかわらず、右引用にかかる原判決理由第二の三挙示の各証拠によれば、(1)これまで控訴人の決算書類には自己売買損益の計上は全くなく、むしろ前記架空人名義の未収取扱手数料を資産として計上し、控訴人の株主総会でもこれを承認してきたこと、(2)しかも控訴人が被控訴人方甚目事務官の指示により自己売買が不当でないことを知つたと主張する昭和二九年一二月一〇日以降各事業年度の決算書類においても、依然として加藤清文名義の未収入金五九〇万九、九三一円を計上し、その旨監督官庁である名古屋通産局に報告していること、(3)また控訴人は架空人名義の委託証拠金を徴収し、かつ、加藤清文名義の委託証拠金二〇万円は代表者恵美龍雄個人において現金を拠出していること、(4)加藤清文名義の未収入金の一部を恵美龍雄の預り金又は富山昇名義の預り金で決済したり、控訴人より加藤清文に対する立替金を計上するほか、現金による入出金の異動を帳簿上記載し、その後異常な手数料戻をしていること等の事実が認められる。のみならず、控訴人は、法人税法(昭和二八年法律第九一号「以下法」という)第七条の二の規定に該当する同族会社であつて、代表者恵美龍雄は多年商品清算取引の実情に精通していたものであることは、控訴人の自認するところである。前記認定の諸事実および原審認定のとおり控訴人が法所定の青色申告をせず会計組織、帳簿記載も完備していなかつたことより考察すれば、右架空人名義の取引はおよそ通常の経済取引に照らして異常であり、控訴人の自己売買とは到底認めがたく、代表者恵美龍雄個人が右架空人名義を使用して清算取引の結果、後日損失を生じたため、控訴人の自己玉と称し法人税の負担を不当に減少させる目的で前記のような経理上の操作をしたものと推認できる。

当審における控訴会社代表者の供述中、控訴人主張の右架空人名義による取引が全部控訴人の自己玉である旨の供述部分はにわかに措信できない。また、成立に争のない甲第八、九号証、当審証人長尾聡十司の証言によると、長尾証人は控訴会社代表者の指示に従い、前期までに発生していた加藤清文名義の未収入金五九〇万九、九三一円を自昭和三五年一〇月一日至昭和三六年三月三一日事業年度の決算書類(甲第九号証)において、控訴人の自己買売損として振替計上したものであることが認められる。しかし、およそ一事業年度内に発生した損益はその期において会計処理しなければならないのが会計上の原則であるところ、前認定のごとく控訴会社代表者の恣意により前期までに発生した未収入益金を翌期において売買損に振替計上するような会計上の処理が許されないことは明らかであるから、右振替計上の事実をもつて右認定の事実を覆えすことはできないし、他に控訴人主張の事実を認めるべき新たな証拠も存しない。従つて、控訴人の前記主張は採用できない。

(二)  本件各期の委託手数料の未収入金洩れについて

控訴人は、商品仲買人の顧客に対する委託手数料債権については、商品仲買人業務の実態に鑑み、税法上の一般原則たる権利確定主義によるべきでなく、現実収入主義によるべきである旨主張する。しかしながら、商品取引所法に基づいて定められた受託契約準則は、当事者に特別の約定のないかぎり、当該取引所の商品市場の売買取引の委託について、委託者を、その意思のいかんにかかわらず、また、その知、不知を問わず拘束するものと解すべきところ(最高裁昭和四四年二月一三日判決、民集二三巻二号三三七頁参照)、成立に争のない乙第一号証の名古屋繊維取引所受託契約準則第二〇条第一項には、仲買人は委託手数料を委託者から決済のとき徴収する旨規定されている。そうだとすれば、特別の約定のあつたことを認めるべき証拠のない本件においては、商品仲買人である控訴人の委託者に対する手数料債権は売買決済のときに権利確定し、右決済日以降控訴人は受託者に対し右権利を行使することができるものというべきであるから、右決済日の属する事業年度において法人所得計算上の益金として算入すべきものと解するを相当とする。もし、控訴人主張のごとく委託者との間に売買差損金を現金決済した時に益金として計上すべきものとすれば、右現金回収の時期を延期することによつて恣意的に期間利益を左右することが可能となり、企業会計上の原則に反するのみならず、租税負担公平の原則にも反する結果になる。されば、被控訴人らが先物委託取引の実体に則し、成立に争のない乙第九号証の通達(昭和二八年八月二七日国税庁長官通達「商品仲買人の委託手数料に対する所得税及び法人税の取扱について」)、すなわち、「商品仲買人が委託を受けた先物取引による売買取引に対する委託手数料は当該売買取引の決済のあつた日において徴収することとされているので、商品仲買人が当該委託手数料債権を当該売買取引の決済のあつた日の属する事業年度の益金に算入したときは、この経理を継続している場合に限り認めるものとする」との通達の趣旨に従つて、すでに取引決済のあつた分につき控訴人が第一係争期において金三四三万五、六九五円、第二係争期において金二八万九、八九八円、第三係争期において金四五五万〇、〇六四円の委託手数料の未収入金洩れがあることを認定し、各未収入金を各事業年度の益金に加算すべきものと認定処理したのは正当として是認できる。この点に関する控訴人の主張は、独自の見解に出たものであつて採用の限りでない。

(三)  第二第三係争期の売買損否認について

控訴人は、第二係争期に加藤清文、富山昇名義にかかる売買損四七七万二、九六〇円、第三係争期に下村三郎名義の売買損一五五万九、四三〇円をすべて控訴人の自己玉であるから会社の損金として計上したものである旨主張するけれども、右架空人名義の建玉が控訴人の取引ではなく、恵美龍雄個人の取引と認めるべきことは前記(一)で説示したとおりであるから、右売買損の計上は法人税の負担を不当に減少させるものとして被控訴人らが法第三一条の三の規定により否認して益金に加算したのは正当であつて、控訴人の右主張はすでにその前提において理由がない。

また、控訴人は、第二第三係争期において多額の売買損が生じたのは、原毛をオーストラリヤから買入れ、これが運送の途上予期せぬ原毛の暴落により七、八百万円の値下り損を生じたため発生したものであつて、控訴会社代表者の意思とは全く関係のない外部的不測の事情により発生した損失である旨主張するけれども、右主張事実を認めるに足る証拠は何ら存しない。従つて、この点に関する主張も亦採用できない。

(四)  第一係争期の預り金否認について

控訴人は、東洋紡績株式四、〇〇〇株を売却処分し恵美龍雄よりの預り金のうち金五五万三、二八六円を返済したのは昭和三二年三月三〇日であつて、第一係争期において右株式を売却したものではない旨主張する。しかし、原判決理由第二の五挙示の各証拠によれば、(1)東洋紡績株式会社では昭和二九年四月二六日倍額増資(有償二五円、無償二五円)、同三一年一〇月二六日半額増資(有償二〇円、無償三〇円)されているが、控訴人はいずれも増資新株の引受権を行使していないこと、(2)昭和二八年五月一四日以降昭和三二年三月三〇日までの間は右株式の配当金も入金されていないこと、(3)昭和二八年五月一四日当時、右株式の名古屋証券取引所における株価は最終値二〇二円であるが、控訴人が売却したと主張する昭和三二年三月三〇日当時(二回増資後の価格)は最終値一九四円であつて、主張にかかる売却価額五五万三、二八六円は時価に比して著しく低額に失すること、(4)しかして、右売却価額は、控訴人の昭和二八年五月一四日現在所有の有価証券勘定中の東洋紡績株式四、〇〇〇株の帳簿価額五五万三、二八六円と同額であること、(5)しかるに控訴人は、右株式の昭和二八年五月一四日当時の時価相当額八〇万八、〇〇〇円を同日恵美龍雄よりの預り金として会計処理していることが認められる。右認定の諸事実よりすれば、控訴人はその所有の右株式を昭和二八年五月一四日売却し同日以降所有していなかつたことが推認できる。もつとも、甲第一号証には、控訴人主張のように昭和三二年三月三〇日右株式を金五五万三、二八六円で売却し恵美龍雄よりの預り金内金の返済に充当したごとき帳簿記載がなされており、また、原審において控訴会社代表者は後日において右株式売却の事実を知つたので昭和三二年三月末帳簿上の処理をした旨供述しているが、すでに認定したとおり、控訴会社が恵美龍雄の主宰する同族会社であり、会計組織および帳簿記載も不備であつたことに徴してみれば、右供述並びに記載はいずれもにわかに措信できない。従つて、被控訴人らが右預り金を法第三一条の三の規定により法人税の負担を不当に減少させる目的に出た架空計上と認め、右計算を否認して益金に計上し、右株式の取得価額(帳簿価額)五五万三、二八六円を控除し、実質上右売却価額預り金相当額)八〇万八、〇〇〇円との差額を株式売却利益金として当該事業年度の益金に加算する取扱をしたのは正当であつて、控訴人の右主張は採用できない。

(五)  第二係争期の手数料戻否認について

控訴人は、加藤清文、富山昇名義の売買玉は控訴人の自己玉であるので、本来委託手数料を徴収すべきではないが、右名義を使用している以上、商品取引所へ納入すべき経費に充てるため最低限度の実費を手数料として計上していたが、納入すべき諸経費が引下げられたため、右手数料を二〇%に引下げ手数料戻をしたものである旨主張する。しかしながら、前記加藤、富山名義の建玉が控訴人の自己玉と認めがたく、むしろ恵美龍雄の取引と認めるべきことは前記(一)で説示したとおりであり、控訴人がかかる異常な手数料戻を損金に計上したことをもつて直ちに控訴人の自己玉と認めるべき証左となるものではない。従つて、控訴人が第二係争期において名古屋繊維取引所受託契約準則第二〇条第二項に定める委託手数料の減歩率(約定代金の千分の三ないし八)を無視して著しく手数料を減額し、戻手数料として合計金一三一万七、五九二円を損金に計上したのは明らかに不当であつて、被控訴人らが法第三一条の三の規定により右計算を否認して益金に加算したのは相当というべきであり、控訴人の右主張も亦採用の限りでない。

(六)  第三係争期の紡績部利益計金上洩れについて

控訴人は、毛糸紡績部の事業期間は昭和三〇年一月から三月末まで僅か三カ月間に過ぎず、しかも訴外新興繊維工業株式会社に支払うべき工場設備等の賃借料が未確定であつたため、過渡的ないし例外的処理として右紡績部利益金を計上しなかつたものであり、右措置は税法上も許容されるべきである旨主張する。そして、右紡績部事業期間が短期間であり、右訴外会社に対する賃借料が未確定であつたことは控訴人主張のとおりであるが、控訴人が当期において未払賃借料の負債項目を計上していなかつたこと、および右利益金が翌事業年度株主総会において承認可決されていることは成立に争のない乙第二、第四九号証により明白である。およそ、法人の各事業年度の所得は一事業年度を単位として、一般に公正妥当と認められる会計基準に従つて期間損益を計算する建前をとつていることからすれば、当該事業年度に権利確定した利益金は当期において益金として正確にこれを計上すべきであり、たとえこれに対応する賃借料額が未確定であつたとしても、翌事業年度以降賃借料の金額確定後右利益金と相殺するため繰り越し計上するがごときことは損益帰属の時期を無視するものであつて、到底公正妥当な会計処理とは認められないし、税法上かかる過渡的例外的措置を許している計算規定は存しない。従つて控訴人の右主張も亦採用に価しない。

(七)  第三係争期の売買益計上洩れについて

控訴人が第三係争期において発生した売買益一三七万五、九八〇円を益金に算入しなかつたことは控訴人の自認するところ、控訴人は、毛糸商品相場の暴落のため当該事業年度において七四八万円余の売買損を生じたため、企業経営上やむなく異例な措置として右事業年度において売買益を計上せず、その代り次期事業年度において右売買益を計上したものである旨主張する。仮に控訴人主張のごとき事情から第三係争期において決算書を粉飾する必要性があつたとしても、すでに説示したとおり法人の所得計算においては収益、費用の期間帰属を正確にしかも統一的に計算されなければならず、一事業年度内に権利確定した売買益は当該事業年度の益金として必らず計上すべきであり、多額の売買損を生じたからといつてこれを翌事業年度の益金に繰越し計上し、企業の任意により期間の損益計算を左右するようなことは到底許さるべきことではない。従つて、控訴人の右主張はそれ自体失当であつて排斥を免れない。

三、以上説示の次第であるから、右と同一結論に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 井口源一郎 裁判官 土田勇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例